「実家に動いてもらうためにも決定打になる証拠が欲しい。七不思議は調べれば何か出てくる期待が持てると思うんです。一番欲しいのは、折笠先生の偽造前のデータなんですけどね」
晴翔が苦笑する。
晴翔の実家、Sky総研とSky Holdings、つまりは理事長である晴翔の祖父に政府に働きかけてもらって理研の闇を暴くには、相応の証拠が必要だ。
地固め必須とは、つまりそういう意味だ。
「それは確かに、その通りだね。見つかれば、一番決定的な証拠になる」
折笠が倒れて警察に押収されたデータは恐らく偽造された内容だ。
そう推理したのは理玖だ。
(Dollの真実を隠すため。理研やRose Houseとの繋がりを消すため)
折笠がDollで使用していた薬や顧客データを改ざんしてわざと警察に押収させたのは、理研の秘密を守るため。そう考えるのが順当なんだろう。
(でも、違う気がする。折笠先生が本当に守りたかったのは、理研なんて組織じゃなくて、もっと別の、何か)
恐らくRISEのリーダーに収まる前からDollで折笠と共に活動していたであろう愛人の臥龍岡を守るため。理玖にはそう思えて仕方がない。
(折笠先生が臥龍岡先生を本気で愛していた証拠なんかない。なのに、どうして僕は、そこにこだわってしまうのかな)
臥龍岡の著書を読んだからなのか。
折笠の隠れた本音を、少しだけ漏れ聞いているからなのか。
「晴翔君、僕はね。折笠先生がデータの改ざんをしたのは、臥龍岡先生を守るためだと思うんだよ」
晴翔がちらりと理玖の顔を覗き込んだ。
「前にも、そう話していましたよね。理玖さんはどうして、そんな風に思うんですか。正直言って、理玖さんも折笠
「あれは臥龍岡先生の主観で、臥龍岡先生の目線の話だ。折笠先生が、本当はどう思っていたかは、わからないけど。折笠先生の自殺未遂は、臥龍岡先生との共謀であり、DollからRISEへの活動の移行、現在の状態は、二人の作戦なんじゃないかと、本を読むと思えてしまうんだ」 晴翔が難しい顔をして頷いた。「理玖さんの説明は、納得出来ちゃいますけど。そうなると、三年以上前から今の状況を計画していたってことになりますね。それに、あくまで本をメインに考えた場合ですよね」「そうなんだよね……」 晴翔の言葉は尤もで、理玖自身も信憑性はないと感じる。「実は俺も薄々感じていたことが、あるんですけど。本を読んで確信が深まった感じなんですが」 勿体付けた晴翔の言葉が気になって、理玖は顔を上げた。「理玖さんが折笠先生に大学に呼ばれたのって、去年ですよね。その前からオファーはありました?」「あったよ。僕が理研に就職して次の年には折笠先生は大学に移動したからね。一緒においでって、ずっとしつこくて。断り続けてたら、理研側から手を回された」 最初は一年だった出向の予定が三年に延長したのも、折笠が手を回したのだろうと思う。「とすると、それって三年前には声掛けがあったってこと、ですよね。完全に移動ではなく出向なのは、理研が理玖さんを手放さなかったから、ですよね。折笠先生は理玖さんに理研を辞めて大学に来てほしかったんでしょうね」 理玖は目を見開いた。「理研がヤバい場所だって、知っていたから? 僕を、理研と切り離すために?」 晴翔が頷いた。「それだけじゃなくて、理玖さんは初めから探偵役で呼ばれたんじゃないでしょうか? 折笠先生と臥龍岡先生が起こす事件の謎を解いて
「実家に動いてもらうためにも決定打になる証拠が欲しい。七不思議は調べれば何か出てくる期待が持てると思うんです。一番欲しいのは、折笠先生の偽造前のデータなんですけどね」 晴翔が苦笑する。 晴翔の実家、Sky総研とSky Holdings、つまりは理事長である晴翔の祖父に政府に働きかけてもらって理研の闇を暴くには、相応の証拠が必要だ。 地固め必須とは、つまりそういう意味だ。「それは確かに、その通りだね。見つかれば、一番決定的な証拠になる」 折笠が倒れて警察に押収されたデータは恐らく偽造された内容だ。 そう推理したのは理玖だ。(Dollの真実を隠すため。理研やRose Houseとの繋がりを消すため) 折笠がDollで使用していた薬や顧客データを改ざんしてわざと警察に押収させたのは、理研の秘密を守るため。そう考えるのが順当なんだろう。(でも、違う気がする。折笠先生が本当に守りたかったのは、理研なんて組織じゃなくて、もっと別の、何か) 恐らくRISEのリーダーに収まる前からDollで折笠と共に活動していたであろう愛人の臥龍岡を守るため。理玖にはそう思えて仕方がない。(折笠先生が臥龍岡先生を本気で愛していた証拠なんかない。なのに、どうして僕は、そこにこだわってしまうのかな) 臥龍岡の著書を読んだからなのか。 折笠の隠れた本音を、少しだけ漏れ聞いているからなのか。「晴翔君、僕はね。折笠先生がデータの改ざんをしたのは、臥龍岡先生を守るためだと思うんだよ」 晴翔がちらりと理玖の顔を覗き込んだ。「前にも、そう話していましたよね。理玖さんはどうして、そんな風に思うんですか。正直言って、理玖さんも折笠
金曜日の午後。 午前中の講義も昼食も終わったまったりした昼下がりは、PC画面から何か出ているのかと思うほどに眠くなる。 隣のデスクで仕事をしていた晴翔が突然、動きを止めて理玖を振り返った。「理玖さん、ちょっとだけ怖い話をしますけど、いいですか?」 晴翔が、ぞっとしない顔を理玖に向ける。 ビクリと小さく肩を揺らして、理玖は身構えた。 こういう顔をしている時の晴翔が話す『怖い話』は幽霊とかオバケ系の話だ。「待って、今日は金曜日だから、晴翔君と一緒に帰れるよね? 一緒にお風呂、入れるよね?」「頭、洗ってあげますよ」 晴翔が小動物を愛でるような視線を理玖に向けている。(ペットのリスを洗う、みたいな感覚なんだろうな) 嬉しいような悲しいような気持になりながら、理玖は頷いた。「だ、大丈夫。話して、いいよ」 握った拳を胸にあて、意を決する。 苦笑していた晴翔が、真面目な顔に戻った。「理玖さんは、慶愛大学七不思議って、いくつ知ってますか?」 理玖はフルフルと首を振った。「呪いの研究室しか知らない。それも晴翔君に聞いて初めて知った」 その手の話はなるべくキャッチしないようにアンテナを下げている。 聞こえてきても聞かなかったことにして、忘れる。「佐藤さんの録音データで秋風が話していた月夜の淑女。あれ多分、七不思議の一つなんです」 顔を引き攣らせて、理玖は晴翔に向かい絶句した。「慶愛大学七不思議は歴史が古いモノから新しい
「Sky総研としても損害は避けたいですから。あ、國好さんたちに開示してもらった情報は話していませんよ。ただ、慶愛大で起きた事件を淡々と説明しただけです」 淡々と、堂々と、晴翔が念を押す。 事実かどうかは別として、理研が裏で後ろ暗い実験をしている噂は、研究者界隈では有名だ。事件について話しただけで、多少関わりがある者なら勘が働く。(そんな黒い研究所を買収しようだなんて、確かに大胆だとは思うけど。しかも相手は法人だっていうのに) 国立開発研究法人である理化学研究所は、研究の実施要求や理事長の人事など、政府が介入する権限を強く有する。 実際に買収が可能かと言えば、正直なところ現実的ではない。 買収を仕掛けて監査に持ち込むのが一番の目的だ。買収や監査ができなくても、どんな形でも内情を探る足掛かりさえつかめればいい。「祖父は省庁にそれぞれ友人がいるので、世間話は良くするそうですよ。ちなみに、Sky総研専務の俺の父は元文部科学省の官僚ですから、知り合いも多いんですよ。国が理研に降ろしている研究内容くらいなら、仕事の関係上、何となく聞けそうです」 ニコニコと晴翔が國好に笑いかける。(社長の方を親父、専務の方を父さん、て晴翔君は呼んでたな。どんな人か、早く会ってみたい) 専務の父さんがonlyだと言っていた。晴翔を産んだ人に、話を聞いてみたかった。 ちなみに専務の父さんの名前は『晴之介』というらしい。 父親の名前を一文字ずつ貰ってる晴翔の名前から、両親の愛情深さを感じる。 そんなことをぼんやり考える理玖とは裏腹に、國好が目を見開いて固まっていた。「Sky総研として理研を買収する準備はあるが、最終手段としては発破をかけて省庁側から監査を入れる準備もある、と。抜かりないですね。空咲さんのイメージが少し変わりました」 
「やっぱrulerは普通のWOとは違うんすね。狙われるわけだ。あ、悪い意味じゃないっすよ。悪用しようとする奴らが悪いに決まってるんで。ただ、向井先生は狙われる要素が詰まり過ぎてるとは、思いますけどね」 困ったように栗花落が笑う。 自分でもそう思うから、否定も出来ない。「積木君が、spouseになったotherは特別、という結論を得た場所ですが。心当たりは、かくれんぼサークル、Doll、RISE、宿木サークル以外だと、理研です」 國好が怪訝な顔をした。「DollとRISEの支持母体がRoseHouseなら、実験を降ろしているのは理研以外にない。降ろされた実験を行ったDollで得た結果、それを知っていたんじゃないかと思うんです」「Dollで得た結果?」 怪訝に繰り返す國好に、理玖は確信を持って頷いた。「Dollは元々、理研の内部では行えない非合法な実験や未認可の薬を臨床実験するための組織だったのではないでしょうか。WOの薬を実験する場合、性交は必須です。乱交や売春はその過程での副産物で、後に重要な収入源になったのだろうと思います」 國好の顔が引き攣った。「先生が話していた実験場とは、そういう意味ですか。確かにバックに理研がいるのなら、可能性は高い。折笠の私物として押収した、かくれんぼサークルで使用された薬剤などのデータが不十分である可能性も出てきますね」 理玖は組んだ指を組み直しながら頭の中を整理した。「不十分というより偽造であると、僕は考えています」 國好がガバリと顔を上げた。「折笠先生がRISEに殺されたのだとしても、自殺だったとしても、偽造したデータを警察に押収させなければ、死ぬ意味がないんです」
徐に眼鏡を外すと、机の上に置く。 向かい合って立つ晴翔に、理玖は両手を広げた。「さぁ、晴翔君。力いっぱい僕を抱きしめてくれたまえ!」 恥ずかしすぎて声が上擦った。 眼鏡を外したせいで晴翔の顔が全然見えない。故に今、どんな顔をしているのか、わからない。 ぼんやりと晴翔の手が近付いたのが分かった。 大きな手で顔を包み込むと、触れるだけのキスをする。「晴翔君、今、キスは……んっ」 晴翔の腕が背中に回って、理玖の小さな体を抱きしめた。「だって、無理。家でしか見ない眼鏡なしの可愛い理玖さんが白衣着て、俺に抱きしめてっておねだりしてるのとか、可愛すぎて、色々無理です」 重なる晴翔の頬が熱い。 甘い香りが濃く漂って、頭がぼんやりしてくる。 晴翔からaffectionフェロモンが放出されているのだとわかる。 抱きしめてくれる手も、掛かる吐息も、服が擦れるのすら気持ちがいい。「理玖さん、フェロモンいっぱい出てる。俺、我慢できないかも……」「それはダメだよ。僕もフワフワするけど。國好さんも栗花落さんも見てるから」 理玖は、ちらりと栗花落を窺った。 晴翔の顔が上がって、同じ方を向いた。 理玖と晴翔を冷静に観察していた國好が、栗花落に顔を向けた。「どうだ? 何か感じるか?」 栗花落が首を傾げた。「特に何も感じないっすねぇ。普通に向井先生と空咲さんがイチャついてるの、見せ付けられてるだけっていうか」 栗花落が困った声で笑う。 大変に恥ずかしい気持ちになって、理玖と晴